料理を通して、人生の喜びを

特集 2024.03.25

三角公園の角に、黄色い壁の小さなトラットリアがある。イタリアで修行を積み、地元に帰って店をかまえる山内智紀(やまうちともき)さん。食材選びから妥協のない仕事と、その日その時、その人にとっての最良を創り上げる料理は評判を呼んでいる。「料理は、その地にある暮らしや文化、食材を表現すること。そこにうれしい気持ちや明日への活力が生まれる。そういう人のつながりの中で、人生の喜びのようなものを感じてもらえたら」。今日もまちなかで、その腕を振るう。

〝食べる芸術〟に魅せられて

サッカーに打ち込んだ高校時代。料理を振る舞っては「うまい、うまい」と仲間たちが喜ぶ光景を見るのが好きで、心地よかった。周りが大学進学を目指す中、「自分はあの光景を仕事にしたい」と決めた。

 「子供の頃から料理が好きで。母が言うには、エビフライを作る時には必ず呼んでもらっていたそうです。白いパン粉が茶色く揚がる化学変化が面白く、しかも、それを人が食べて消えてしまう。工作とか他の創作とも違うし、子供ながらに好奇心をくすぐられました」

 〝食べる芸術〟ともいわれる料理。その創造的な世界に無限の可能性を感じてきた。高校卒業後に居酒屋のアルバイトから始め、大阪の調理師学校進学を経て星付きレストランで働いた。「やるなら本場に行こうと決めて、洋食ならフランスかイタリア。サッカーが好きだったから」。直感のまま、23歳でイタリアのモデナに渡った。

飲んできた水、吸ってきた空気

「当たり前ですが、イタリア料理は、イタリアで生まれたものを現地の人たちが愛して大事にしてきたもの。カルボナーラひとつとってもみんなが熱く語る。うちの母ちゃんの味はこうだ、とか。料理は、そこに生きる人たちがいて、生まれる文化や人の営みそのものなんですよね」

 そこで触れた料理の本質が、今も山内さんの真ん中にある。「お前が飲んできた水や吸ってきた空気がある場所に帰れ。そこで料理を表現したらいい」と師匠に背中を押されて帰鳥。

 鳥取に戻ったその足で今のお店の場所が空いているのを見つけ、「ここでやろう」と決めた。数年後、『FARO trattoria』を開いた。

薄明かりの中、モデナのラジオが流れる店内。イタリアのナチュールワイン、当時毎日作っていたパンや手打ちパスタなど本場を感じるものと、鳥取の食材の良さを引き出す料理の数々。イタリアで学び、鳥取で料理をする自分に何が表現できるだろうかと、日々考える。

 「自分が体験し、良いと思ったものを出しているので、答えは常に自分の中にある。だからどう生きるのかが大事で、普段から何をする時もなぜそれをするか、選んだか、理由を考えます」

 お客さんに少しでも何かを体感してもらいたい。イタリアや鳥取の空気を感じてもらうことができるかもしれないし、その人の感性に呼びかけることができるかもしれない。「その本質がブレなければイタリア料理でなくてもいい」。味にこだわることはもちろん、大事なことはお客さんに何を届けるかだと言う。

「鳥取の強みは、人の近さ。僕が生産者さんと大事にしているのは、常に緊張感を持ってやること。生産者にも大事にしている思いがある。僕はそれを汲んで料理で伝えるから、もっと良いものを作ってよと。あなたのほうれん草をどこでもあるほうれん草じゃなくしたい、ということ。鳥取は、その関係性を数少ない生産者と築ける。そして、お客さんに喜んでもらえ、周りまわって、この街の食の底上げになると思います。」

 その一つ一つを大切にしたこだわりの先に、感動が生まれる。

料理を通じて生き方を

本質と向き合う哲学者のような言葉の中に、山内さんらしさがある。

 「子供たちにも食べてもらいたいんです。いろんな食べ物が溢れる中、食べるものを選ぶことはどう生きるかという選択でもある。その経験はきっと大切だと思う。だから、お子様プレートは一番時間がかかっても手を抜きたくないんです」

 若者も気軽に店に来てワインを飲めるように、夜9時以降のBARも始めた。料理のこと、人生のこと。つい深夜まで話しこむこともある。

 「若者が帰ってきたい街にしたい。鳥取で料理をするのは難しそうとか、したいことを諦めるとか、してほしくない。ここでもこんな風にできるんだ、お店をやろうかなと思える選択肢を作っておくから、という気持ちで店をやっています」

 FAROは、イタリア語で「灯台」。鋭くも優しい眼差しで、日々、料理と向き合う。誰かの人生の灯りとなるように。

FARO trattoria

鳥取市瓦町521

TEL: 0857-30-7766

営業時間: 18:00〜オープン

定休日:日・月

Instagram: faro_trattoria

WEB:https://faro-trattoria.net

写真撮影・文/藤田和俊